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2013.06.18 Tuesday

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2012.01.03 Tuesday

Born To Be Wild(12) 〜解体〜

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Born To Be Wild 〜忘れられない2ヶ月〜

■ プロローグ 「10年前にタイムスリップ
■ (1)「旅立ち」 
■ (2)「新しい自分の姿」 
■ (3)「メイクデビュー」 
■ (4)「赤い土の果て」 
■ (5)「生活が仕事」 
■ (6)「信頼」 
■ (7)「出稼ぎへ」 
■ (8)「Buffle Grass」 
■ (9)「東へ」 
■ (10) 「ブラックウォーター
■ (11) 「ROO BAR
■ (12) 「解体

 写真はあくまでイメージなので、現実とは異なります。
また登場する個人名や団体名も、すでに忘れてしまっているものもあるので、
全て仮名とさせていただきます。
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Coal mine Lake

 オークションで落札したブラックウォーターの炭鉱の寮棟だが、
まずは1棟の解体を始めることになった。
もちろん1日で解体できるわけもなく、
だからといって、ジェリコの家から毎日片道数百キロのドライブをするわけにもいかず、
落札した2棟のうちのもう1棟に住むことになった。

 住もうとしている寮棟は、1室が2DK(60平米程度)の部屋が6室と、
共用キッチンが1つついている。
そこには安全かどうか知らないが、一応水道が出ており、
ただ湯が出るはずもなく、電気もつかない。
そこで電気はガソリンの発電機を使用。
皆が夜に食事する際は、その発電機で共用キッチンの部屋を灯す。
そして寝る時は、2DKの部屋に入って備え付けのベッドに寝る。
ベッドといってもフレームとマットレスがあるだけで、
寝袋に包まって寝る。
2DKの部屋には電気はないので、シャワーをあびる時などは蝋燭。
もちろんシャワーは湯が出ないので、冷水シャワー。
恐らく数年は使用されていない寮棟で、
炭鉱の砂埃とススとカビで、基本的には住めるような状況ではない。
そこに我々ロイ一家はしばらく住みながら、
落札した寮棟の解体に励むことになった。

 次の日、キンバリー(ロイの妻)からひとつ嬉しい知らせがあった。
それまでは、ロイと一緒に働いているのは私だけで、
ロイと私の二人でこの大きな寮棟を解体できるはずもなく。
で、どこかの解体業者でも依頼するのかと思いきや、
同じワーホリでオーストラリアに来ている若者を、
私と同じように労働者として呼ぶことになったらしい。
まずはオランダ人の力持ちそうな青年、名前はビクター。

 数日後、ビクターがやってきた。
とてもいい人そうで、仕事もできそう。
私よりも英語も堪能で、
すぐにロイ一家とうまく仕事を回すことになった。
私も、ロイ一家以外の人と時間を過ごすのは久しぶりだったので、
これで毎日が少し楽しくなりそう、と大歓迎だった。
そしてこの過酷になりそうな生活を共に過ごせる友ができたことが嬉しかった。

 そしてさらに、数日後、
車でオーストラリアを旅しているイギリス人3人もやってきた。
まずはリーダ格のバッド。
確か彼はリバプール出身と言っていた気がする。
彼はバイクが好きだそうで、日本のバイクやレーサーのことをよく知っていて、
すぐに打ち溶けた。
そしてイケメンのアレック。
彼は物腰優しく、年齢は聞かなかったが、かなり若かったと思う。
もう一人は、ちょっとヤンキー女な感じのニーナ。
彼女は子供達の面倒を見るという役割のようだ。

 それから、ロイと私と、ビクター、バッド、アレックの 5人で、
解体を行うことになった。
でも基本的にはここで得た建材は全て持ち帰り、
あらたに家を建てるためのものとなる。
まずは屋根の解体から。
とにかく昼間は暑く、体が思うように動かない。
別段楽しい作業でもない。
ロイからは、もっと丁寧に解体するよう指示が飛ぶが、
我々雇われ人は、正直そんなことお構いなしに、
とにかく解体して早くこんな仕事を終わらせたいのだ。

Removing office walls

 大工がひとりでもいれば、
効率的に解体することもできるのだろうけど、
我々にはそんな知識もなく、
ただひたすらトンカチとノミで、ドンパチやって、
ドライバーでねじを緩めて建材の取り外しに取り掛かる。
挙句の果てにはチェーンソーを持ってきて、
ぶった切る。
トイレの便器やキッチンのシンク、ドア、
カーペット、ベッドフレーム、などなど。
「こんなものどないして再利用するねん」て思うものまで。
でもロイ一家は本気だ。
いや、どこかで失敗したって思っていたとも思うのだが、
そんなことは聞くこともできず、
朝から晩まで解体作業が過ぎ去っていった。

 今思えば、
きっとアスベストとか、炭鉱のススとか、
吸ってはいけないもの、たくさん吸ってしまったような気がするなぁ。
あそこの水道は本当に大丈夫だったのか、とかね。
ただちに健康への被害は出ないものの、
日中はめちゃ暑いし、冷水シャワーを浴びた後の夜は寒いし。
大きな病気が出なかったことが自分でも不思議だ。

 私はブラックウォーターに来るまでロイ一家と仲良く暮らしてきたということもあるが、
でもここで急遽雇われたオランダ人とイギリス人は、
1週間もした頃から、
ハードな労働と、先の見えない不安に、
ロイ一家とは一線を画すようになった。
そんな中、私はロイ一家と、ビクターやバッド達との間に挟まれて、
なかなか大変だった。
ロイやキンバリー達は、彼らへ対しての不満を私に言ってくるし、
リーダ格のバッドは、ロイやキンバリーに対しての不満を私に言ってくる。
私は時折英語が分からない振りをしながら、
やり過ごす時もあったり。

 普通に考えれば、
ここの労働はちょっとありえなかったかなぁ。
とにかく、ここで解体した部材を持ち帰って、家を作るなんて無理があるし、
いつまで頑張れば終わることができるのだろう、
という先が見えない苛立ち。
ロイ達はすごくいい人だったけど、とにかく能天気。
周りにいる人たちは結構疲れてしまう。
私も一人だったら、不満を抱えながらでもやるしかないんだけれども、
同じ境遇の雇われ人同士で色々話すこともあり、
体力の低下とともに、モチベーションも低下していった。



2011.11.19 Saturday

Born To Be Wild(11)〜 ROO BAR 〜

 ブラックウォーターの炭鉱の寮棟を落札してから、
一旦ストラスフィールドファームに戻った。
今度は長期滞在になるだろうからと、再度荷物を整理。
そしてブラックウォーターへ向けて再出発することになった。
今度は資材を持ち帰れるように、ロイは10トントラック。
私はTOYOTAのバン。
キンバリーと子供達は自家用車の RANGE ROVER。
カプリコーンハイウェイを東へ向けて走った。

 ストラスフィールドファームがあるジェリコと、
ブラックウォーターを往復するロングドライブだが、
夜のドライブとなることも少なくなかった。
オーストラリアの夜のドライブで気をつけなければいけないのが、
何といってもカンガルーの存在。
ハイウェイを走っていると、あちらこちらにカンガルーの死体が。
無残な姿を数百メートル置きに見かける。

Subtle graffiti (ii)

 そんな私のドライブにも遂にその時がやってきてしまったのだ。
遠くに小さな光が跳ねている姿を確認した。
夜のカンガルーは、車のヘッドライトが当たると目が光って見える。
そしてカンガルーは光のある方向へ突進してくる習性があって、
つまり車のヘッドライトに突進してくるのだ。
こうなればスピードを落として避けてもカンガルーは近づいてくるだけで、
対向車を気にしていると、とてもではないが避けるのは得策ではない。
残念ながら、お命を頂戴してしまうことになる。
ドン!という大きな音と衝撃。
そして少し車体が浮く感覚。
忘れることはできない。。。

misfortune = fortune

 カンガルーも大きなものになると、人間くらいの大きさがあるわけで、
車にも相当のダメージが残ることもある。
そこでオーストラリアの車は、
カンガルーに衝突してもよいように、
大きな専用のバンパーをつけている車も多い。
"ROO BAR" と呼ばれている。
私が運転していたバンにも装備されていた。

IMG_3047


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Born To Be Wild 〜忘れられない2ヶ月〜

■ プロローグ 「10年前にタイムスリップ
■ (1)「旅立ち」 
■ (2)「新しい自分の姿」 
■ (3)「メイクデビュー」 
■ (4)「赤い土の果て」 
■ (5)「生活が仕事」 
■ (6)「信頼」 
■ (7)「出稼ぎへ」 
■ (8)「Buffle Grass」 
■ (9)「東へ」 
■ (10) 「ブラックウォーター
■ (11) 「ROO BAR
■ (12) 「解体

 写真はあくまでイメージなので、現実とは異なります。
また登場する個人名や団体名も、すでに忘れてしまっているものもあるので、
全て仮名とさせていただきます。
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2011.09.01 Thursday

Born To Be Wild(10)〜ブラックウォーター〜

  カプリコーンハイウェイの5時間程のドライブの末、
ブラックウォーターに到着した。
ブラックウォーターというと、なんか凄まじい感じがするが、
実はオーストラリア最大の石炭鉱山である。
鉱山は英語で mine という。
そう I, my, me, mine の mine だ。
確か mine は地雷 という意味もあったかな。

Capricorn Highway sign

 ロイと私は、この鉱山のビジターセンターのようなところへ足を運んだ。
最初はなかなか状況がつかめなかったが、
体育館のようなところにGパンとチェックのシャツを着た大男がたくさん集まっている。
みなカウボーイハットをかぶっていたかな。
そして、その鉱山の居住エリアと思われる区域(恐らく労働者が寝泊りをしていたであろう寮屋などが10棟くらい建っている)を、
順に見て周っていた。
ロイと私も順に見て周った。
食堂棟のような建物もあった。
そのすべては平屋で、建物は古い。
現在は使われている様子はなく、数年間は使われていないような状況で、
なにやらカビ臭く、埃っぽい。

 その日は移動もあって、その鉱山から程近いモーテルに泊まった。
そしてロイと話す中で、ここまで何をしに来たかようやく判明した。
入札に参加しに来た!とのことだ。
どうやら、鉱山で使用されなくなった寮棟などの建物そのものを、
オークションするというのだ。
ロイはめちゃくちゃ楽しそうに話してくれた。
でもこの時はまさか、ロイが落札するようなことがあろうとは、
誰も、いや少なくても私は思っていなかったのだ。

 翌日、入札の日を迎えた。
一日遅れでジェリコから、キンバリーと子供達2人がやってきた。
子羊のラミーも一緒。
家族総出でのオークション。
まぁ私は会場にいても、何もすることはないし、
どうせ冷やかしで来たんだろうとも思っていたので、
子供達と外で遊んでいた。
こんなところで日本人に会うとは思っていなかった、
という親日なオーストラリア人と意気投合して、話をしたり、
ただただ時間を潰していた。

 まぁ入札といっても、
そもそもこの建物がいくらの価値があるなんて分からないし、
ロイの一家が落札できるほど儲けているとも思えない。

 そして入札後、夕方に落札者が発表されるらしい。
私は特に興味はなかったので、散歩したり、食事をしたりしていたところ、
大興奮状態のロイとキンバリーがやってきた。
「寮棟を2棟、落札したぞぉ!」
えーーっ!という驚きと共に、いくらで落札したのかがとても興味が出た。
そして返ってきた応えは、300ドル!!
な、なんとまぁ!価格を聴いてまた驚いた。
60平米くらいの2LDKの部屋が6室くらいが1棟。
平屋とは言え、300ドルて。

Hills hoist

 その夜、ロイと滞在していたモーテルに家族全員で泊まることに。
私は落札したブツ自体には興味はなかったが、
そのブツをどうするつもりかは、非常に興味を持っていた。
ロイとキンバリーは、そのブツをどうするかを色々思案していた。
ジェリコの自宅を増設するのに使うつもりだそうだ。
確かにそれも悪くない。
建物を建てるだけの資材は、その落札した寮棟に揃っている。
鉄骨、窓、屋根、ドア、壁、トイレ、シャワー、キッチン、証明、諸々。

 翌日、ロイ一家と私は一旦、ジェリコのストラスフィールドファームに戻った。


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Born To Be Wild 〜忘れられない2ヶ月〜

■ プロローグ 「10年前にタイムスリップ
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■ (2)「新しい自分の姿」 
■ (3)「メイクデビュー」 
■ (4)「赤い土の果て」 
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■ (6)「信頼」 
■ (7)「出稼ぎへ」 
■ (8)「Buffle Grass」 
■ (9)「東へ」 
■ (10) 「ブラックウォーター
■ (11) 「ROO BAR
■ (12) 「解体

 写真はあくまでイメージなので、現実とは異なります。
また登場する個人名や団体名も、すでに忘れてしまっているものもあるので、
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2011.07.18 Monday

Born To Be Wild(9)〜東へ〜

  バーカルディンでの Buffel Grass の収穫を10日ほど続けた記憶があるが、
正確には当時も、どれほどの日数をやっていたか、分かっていない。
なんというか、カレンダーを見て仕事をしていたわけでもなければ、
明確な予定があっての作業でもなかった。
もともとバーカルディンにはロイと私の二人で仕事をしていたが、
ある日、ロイの家族がバーカルディンへやってきた。
妻のキンバリーと、10歳のジェイコブ、それから6歳のバリー。

 何をしに来たのか分からなかったが、
ここで一緒にしばらく寝泊りするとのこと。
仕事疲れでのんびりしたいところだが、
子供達の元気さに圧倒されながら、
少し気分転換にもなったことは確かだ。
キンバリーが食事を作ってくれたし、
ある意味、仕事に集中できる環境になったことは確か。
でも彼らがやってきた数日後、
ここでの Buffel Grass 収穫は遂に、終了することになった。

 倉庫が一杯になったからかな!?
まぁそろそろここでの仕事には飽き飽きしていたので、
終わり、と聞いた時は凄く嬉しかった。
そしてトラクターを積んで荷造りし、
ロイのストラスフィールドファームへ帰った。

 この時、実はジェイコブとバリーが、
バーカルディンのファームから、生まれたての子羊をペットとして持ち帰っていた。
日本では学校の帰りに捨てられた子犬を持って帰ったような感覚だろうか?
もちろんバーカルディンのファームのオーナーには許可をもらってのことだと思うが、
正直、それを許した親にも驚いた。
羊ってどうやって育てたらいいかよく分からないし、
そもそもそんなに可愛いものではない(私の好みの問題だが。。。)。
家畜独特のにおいもあるし、
この子羊の鳴き声がまたうるさくてね。
メェ〜メェ〜。
母親が恋しいのか、ミルクを飲みたいのか、
部屋中、鳴き回って歩いていた。
この鳴き声で朝起きるのは気分が悪かった。
ジェイコブ達はなんて名づけてたかなぁ、
ラミーと名づけていたと記憶する。

little lamb

 ストラスフィールドファームに帰ってから、2日ほど雨が降った。
仕事は休み。
ケーブルテレビで、偶然サッカー日本代表の試合を放送していた。
ダイナスティカップだったと思う。確か香港戦。
名波とかが全盛の頃。
凄くリラックスできたし、楽しかったなぁ。
ジェイコブとバリーが時折、私の部屋に遊びに来て相手にするのが面倒であったが、
まぁこれも仕方がない。

 そして雨があがったその日だったか、
2〜3日の着替えを用意するよう、ロイから言われた。
またバーカルディンへ行くのか?とたずねたところ、
いやそうではないと。
今度は西へ300キロほどのところのブラックウォーターへ行くらしい。
何しに行くかは、この時の説明ではあまり理解はできなかったが、
なにやら急いでいるようだった。
すぐに荷物をまとめて、ロイと二人で、
TOYOTAのバンに乗り込んで、ブラックウォーターへ出かけた。

 カプリコーンハイウェイという名前がついているが、
日本でいえば国道のような感覚。
信号が少ないし、渋滞もないので、
気持ちのいいドライブになった。
ロイとたわいもない話をしながら、
そしてオーストラリアのカントリーミュージックがラジオで流れるのを聴きながら、
西へ走った。
でもどこも景色は似たような感じ。
砂漠というよりは、草原。緑は多い。
アップダウンもカーブもわりとあって、単調なドライブというよりは、
結構運転に神経を使う道のり。
随時100キロくらいで走っていたかな。
ストラスフィールドファームのある、ジェリコから東へ走るとまず、アルファという街。
街へ入ると減速。
そして街を出ると、また加速。
アルファの次はウィローズ。そしてエメラルド。
エメラルドはクイーンズランド州でも大きめの街。
ここで久しぶりのマクドナルドを食べたなぁ〜。
チーズバーガーを頼んだが、味は同じでも、少し小さめで、
不思議に思った記憶がある。

capricorn_hw.JPG

 確かエメラルドで日本の実家に手紙を出した。
ブリスベンを経ってから数週間経ってから初めて。
ブリスベンでは電話はしていなかったが、
数日に一度はメールをしていたので、
親はこの数週間音沙汰のない息子を、
ひょっとしたら心配していたかもしれない。
ちなみに郵便代は1ドルだったと思う。
このファームで働いた6週間の間で、
唯一自分のお金を使ったのが、
この郵便代1ドルだった!


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■ (6)「信頼」 
■ (7)「出稼ぎへ」 
■ (8)「Buffle Grass」 
■ (9)「東へ」 
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2011.06.29 Wednesday

WE CAN REBUILD

 大切な思い出の絵。
これはニュージーランド・クライストチャーチのアートセンターで購入したもの。
描かれているのは、クライストチャーチのシンボル、大聖堂。
フレームの裏を見ると、Pat Prendergast さんとやらのサインが書かれていたので、
きっとこの方の作品だろう。
*ちょっと調べてみたが、おそらくこの方だろう。*

chc_photo


 クライストチャーチには数回訪れたことがあるが、
実は私の結婚式は、このクライストチャーチの郊外のとある素朴な教会で挙げた。
もう何年も前のことだが。

 それから時が経過し、
2011年2月22日に、クライストチャーチを大地震が襲った。
そして絵に描かれているこの街のシンボルである大聖堂も、
無残にも地震の影響により一部崩壊してしまったのだ。

chc_bb.jpg

 
 この姿を見て、悲しくて悲しくて。
日本人観光客や留学生を含む、多くの方が亡くなり、
不明の方もたくさんいる。
そして今もなお、大きな余震で被害が拡大している。
ひとまず連絡の取れる知人の安否は確認できたが、
それ以降、どのような生活を送っているのか心配だ。

 それからこのクライストチャーチの大地震から1ヶ月もたたない 3月11日、
東北で大地震が起き、津波でたくさんの方が犠牲となった。
こんなに悲しいことが続くとは。。。
東北の大地震で、日本だけではなく、世界的にも、
クライストチャーチの震災は報道する頻度が減っていると思われるが、
こちらも決して忘れてはいけない。

 日本とニュージーランド、
同じ地震大国であり、島国であり、共通する点は多くある。
犠牲者の命を無駄にすることなく、
共に力を合わせて、復興の実現を心から望む。

 ”WE CAN REBUILD”

chc_rebuild.jpg

 この写真は液状化現象の被害が大きかったエイボン側の近くで撮影されたもので、
その泥を使って誰かが作ったものらしい。
こんなときにあまり神がかったことを言ったり、
精神論をあおるようなことをするつもりはないが、
我々は必ず復興を遂げることができると信じる。

 日本だけではなく、世界で同じ苦しみを持つ人たちが、
心を一つにすることほど力強いものはない!
私にできることもほんの微々たるものだが、
心を込めて、精一杯できることを着実に進めていくしかない!
よし、明日に向かって頑張ろう!






2011.05.29 Sunday

Born To Be Wild(8)〜 Buffle Grass〜

 久しぶりに続き書きます。
まだまだ続きますよ〜。
良かったら、見てください。

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Born To Be Wild 〜忘れられない2ヶ月〜

■ プロローグ 「10年前にタイムスリップ
■ (1)「旅立ち」 
■ (2)「新しい自分の姿」 
■ (3)「メイクデビュー」 
■ (4)「赤い土の果て」 
■ (5)「生活が仕事」 
■ (6)「信頼」 
■ (7)「出稼ぎへ」 
■ (8)「Buffle Grass」 
■ (9)「東へ」 
■ (10) 「ブラックウォーター
■ (11) 「ROO BAR
■ (12) 「解体

 写真はあくまでイメージなので、現実とは異なります。
また登場する個人名や団体名も、すでに忘れてしまっているものもあるので、
全て仮名とさせていただきます。
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 ーカルディンのファームでの、Buffel Grass の収穫が始まった。
トラクターに麻袋をセッティングして、そしてスタート。
地平線の向こうまで広がる平原を、ロイと私の2台のトラクターで収穫する。
Buffel Grass は栽培しているわけでもなく、単なる野草なので、
どこに生えているかは、その場その場の判断。
あまり関係のない草を刈り取っても、品質が悪くなるし、
Buffel Grassに対して刈り取る高さのコントロールも難しい。
そして何より暑さ。
キャップをかぶってはいるものの、
炎天下ずーっと屋根のないトラクターに乗っていて、
ガソリン臭いし、汗臭いしね。
ファームで働くって、こういうことなんや〜、としみじみ思ったりもした。

2813101928_4d719b6419.jpg

 Buffel Grass はたくさん良質なものが生い茂っているところでトラクターを走らせば、
ものの10分程度で麻袋(100リットルくらいの大きさ)は一杯になる。
一杯になったらトラクターを止めて、満タンの麻袋はその場に放置。
新しい麻袋を取り付けて、トラクターを再稼動。
満タンの麻袋は、数時間立てば、平原上に点在する。
それを集めて倉庫へ運ぶ、という流れ。
満タンになった麻袋は実に120cmくらいの高さになる。
160cmの私には、それを運ぶのがめちゃくちゃハード。
車の荷台からの積み下ろし、倉庫へ運び入れる階段、、、。
綿毛のようなBuffel Grassも、100リットルともなると、
20〜30kgくらいはあったんじゃないかなぁ。

272739253_6c34f81d40.jpg

 大変な作業の中、いくつか楽しみもあった。
まずは食べること。
朝、特に目覚ましもなく、日が出てくると、
ロイと私、どちらからともなく起きる。
そして目覚めのコーヒーを一杯、それからトースト。
朝の仕事に出る。
寝泊りしているハウスから、収穫のエリアまでは、車で10分くらい。
そこに停車しているトラクターに乗り込んで、仕事。
7時〜9時くらいまで。
それから朝の休憩。
トラクターを降りて車に乗り込み、ハウスへ戻る。
ハウスへ戻る際には、平原に点在する麻袋を収集して、
ハウスの隣の倉庫へ運ぶ。
その後、サンドイッチを作って、二度目の朝ごはん。
それからまた仕事に戻る。
12時頃にまた昼ごはんを食べる。
15時くらいにはおやつ、
そして18時くらいに暗くなってきて、仕事は終わり。
何度も行き来する道沿いには、放牧されている羊、
それからカンガルー、エミューも併走する。
ちょっとしたサファリパークやよね。
夜空には満天の星空。
今思えば、二度と経験できない貴重な体験だった。

 仕事が終わる頃には、本当にヘトヘト。
体力の限界である。
文句なんて出てこない。
体内のグリコーゲンを使い果たした感じ。
本当にしんどかったけど、変なストレスはなかったなぁ。
学生時代のアルバイトって、上司や客の機嫌を取ったり、
時間に追われたり、人間関係もやっかいだったりするわけで、
でもここではロイと二人きりでの仕事だし、
農業ってこういうことか、という新鮮さもある。
自然すぎる自然の中での仕事。
Buffel Grass の収穫を始めてから数日後には、
楽しくもなってきてたかな。

372436158_016464a7da.jpg

 仕事が終わってからは、すぐに夕食。
むさぼるように肉を食べてた。
日本にいた頃は霜降り和牛が好物だったが、
この頃からか、赤身がほとんどの硬いオージービーフが好きになった。
塩と胡椒だけのTボーンステーキ。
それからラムチョップ。
いまだにラムチョップを食べると、この時の生活を思い出す懐かしい味。

 夕食の後はシャワー。
でもこのハウスの給湯器は、貯めておける湯量が少なく、
二人が十分に浴びることのできるシャワーの湯量がない。
先に入った方は数分でシャワーを浴び終えないと、
二人めがシャワーを浴びるときには冷水しか出なくなっている。
ロイと私は、"コールドシャワー" と呼んでいたが、
どっちが先にシャワーに入るか、先に入ったほうはいかにして素早く浴び終えるか、
なんてことをいつも議論していた。
ケンカ寸前だった時もあったかな(笑)。
昼間は暑いんやけど、朝晩は寒くてね。

 TVを観て談笑することもあった。
ミリオネアとかの素人参加のクイズ番組やゲーム番組をよく観ていた。
つたない私の英語でも、この頃はロイといろんなことを話したなぁ。
こうやって言葉って覚えて行くんだろうなということも実感した。
ただ私は数ヶ月しか共に生活しなかったので、
一年くらい一緒に生活していれば、
もっと英語はうまくなったかもしれない。

 寝る前は、二日に一回、洗濯をした。
本来なら毎日すべきだろうが、体力的にきつかったので、
二日に一回の洗濯。
特に下着は持ち合わせが少なかったため、
二日に一回しか履き替えなかった。
そんなことは覚えているなぁ。

 それから困るのがトイレ。
トイレを流すと、カエルが流れてきたことがあって、
その光景を見てから、
もう落ち落ちとトイレすることができなくなってしまった、
情けないことに。
衝撃的な映像だわ、あれは!

 夜10時頃には寝床に着いた。
少し余裕があれば本を読んだりもした。
夜は毛布や寝袋で丸まって寝ないと寒かった。
でも虫の多さで夜中、起きることもしばしば。
遠くでカエルが鳴く声。
体が疲れてなかったら、寝ることはできなかっただろう。

 バーカルディンでの Buffel Grass 収穫は、
10日ほど続いた。

2011.01.17 Monday

Born To Be Wild (7) 「出稼ぎへ」

 れからロイと、ストラスフィールドファームを離れて、
よそのファームへ一仕事に出る。
いわば、出稼ぎだ。
ロイのファームには10トントラックもあり、
それにロイ用と私用のトラクター2台を積み込んだ。
私はトヨタのバンに乗り込み、いざ出発。

 ロイは昔、長距離バスの運転手もしていたらしいので、
10トントラックとはいえ、運転はお手のもの。
途中何度も停車しながら、トラクターを留めているロープに緩みがないかを、
確認しながら、目的地へ向かう。
場所はバーカルディン(Barcaldine)のファーム。
車で通常だと1時間程度だが、
10トントラックで、なおかつ荷台の様子を伺いながらだと、
2時間くらい時間がかかった。

 そのバーカルディンのファームの名前は完全に失念したが、
羊毛を生産しているようで、羊がたくさんいた。
羊毛も羊肉もオーストラリアの主要な産業だ。
いよいよ、そのファームへ到着。
ロイも私もここのファームのことを、
特にファームの名前で呼ぶことはなく、
"バーカルディン"と呼んでいた。

Flock of sheep

 バーカルディンのこのファームには、
もちろんオーナーがいて、軽く挨拶をすませた。
そのオーナーは髭面で強面。
あまりペチャクチャ話すこともなく、
我々が泊まる離れの家に案内してくれた。
空き家なのだが、
臨時の働き手が来ると使うのだろう。
電気や水道は通っており、
小さな冷蔵庫とテレビ、
それからベッドがいくつか置かれていた。

 ここでひと仕事をする経緯は詳しくは聞かなかったし、
実は何をするのかも、この時点では、私は理解していなかった。
さすがに何日滞在するかも分かっていなかったので、
ロイに訪ねた。
すると、
"Maybe 3days, umm〜、maybe 1 week."
という歯切れの悪い答えが帰ってきた。
3日か1週間かも目処が経っていないらしい。
私が持ってきた荷物もTシャツ数枚にパンツ数枚。
それから、沢木耕太郎の「深夜特急」という本を数冊。
ちょっとここでの仕事と生活が不安になってきた。

 バーカルディンに到着するやいなや、
街へ出掛けた。
食料の買い出しだ。
パン、肉、米、飲み物、野菜、調味料に、
コーヒーや紅茶。
ロイのいいところは、
あまりケチケチしないところ。
大量の食料を買い込んで、
冷蔵庫には入らなかった。

 まず始めたのは、
このファームの全貌を明らかにすること。
どんだけ広いねん。
ロイのファームは木が生い茂っていて、
あまり広さを感じないが、
ここは見渡し限りの草原。
地平線の先まで、どうやら所有地のようだ。
そこには 1m くらいのススキのような、
いや猫じゃらしの大きくしたような草が一面に広がっている。
これを "Buffle Grass" と言った。
実はここでの一仕事というのは、
この Buffle Grass を刈り取るらしい。
いやいや、こんな広いところに、ほぼ無限に広がっている。
とうてい 3日間で終わるはずもないと、悟った。

Spinifex (3)



 そして翌朝からBuffle Grass の収穫を始めるための準備。
トラクターにガソリンを給油し、
バッテリーを充電させ、
トラクターの可動部分にグリスを塗る。
空は薄暗なってきた。
今日の仕事は終わり。

 家に帰って、ロブとの二人暮らしが始まった。
食事は、お互い協力して作った。
といっても、
ラムチョップを焼いて、
人参とジャガイモを茹でて、
塩を振って食べるだけ。
米は私の希望で鍋で炊いたりした。
初日ということもあって、
明日から頑張ってくれ、という意味合いを込めて、
オーナーがビールを持ってきてくれた。

 毎日の力仕事で、夜はクタクタ。
明日に備えて早くねることにした。




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Born To Be Wild 〜忘れられない2ヶ月〜

■ プロローグ 「10年前にタイムスリップ
■ (1)「旅立ち」 
■ (2)「新しい自分の姿」 
■ (3)「メイクデビュー」 
■ (4)「赤い土の果て」 
■ (5)「生活が仕事」 
■ (6)「信頼」 
■ (7)「出稼ぎへ」 
■ (8)「Buffle Grass」 
■ (9)「東へ」 
■ (10) 「ブラックウォーター
■ (11) 「ROO BAR
■ (12) 「解体

 写真はあくまでイメージなので、現実とは異なります。
また登場する個人名や団体名も、すでに忘れてしまっているものもあるので、
全て仮名とさせていただきます。
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2010.12.28 Tuesday

Born To Be Wild (6) 「信頼」

 本では学生時代に色んなアルバイトをしたとはいえ、
海外で働くのは初めての経験。
本当に報酬を支払ってくれるのか、
最後の日に多額の生活費を請求されたりしないか、
奴隷のように働くだけ働いて捨てられないか、
など不安感はまだまだ拭えなかった。
でも一方で、
ロイの奥さんキンバリーは、
日本人の働き手を受け入れるのは反対だったらしい。
後から本人から聞いた話ではあるが、
受け入れる側としても、当然のことながら、
本当にきちんと働いてくれるのか、
家族と仲良く一緒に生活できるのか、
ましてや小さな子供がいる中で、
不安は色々あっただろう。
そんな中、私は信頼されようとか、
満足してもらおうなんて欲は一切なく働いていた。
ただただその日その日の目の前の仕事をやり遂げることに精一杯だった。

 オーストラリアの家畜を扱っているファームにとって天敵といえば、
"ディンゴ"。
オーストラリア大陸に生息する野犬。
動物学的にはオオカミの一種らしいが、
羊などを襲う被害が相次いでいるらしい。
人間が襲われたという報告例もあり、
ロイもめったに目にすることはないが、
何度か出現したディンゴを目撃したらしい。
そんな時のために、車のダッシュボードには銃が置かれていた。
日本人にとって身近なものではないが、
私にとって、本物の銃を目にしたのは初めてだったから、
怖くて怖くて、
ダッシュボードをなるべく開けたくはなかった。
幸い、ここに滞在した期間中に使用する場面に遭遇することはなかった。

Toyota Pickup


 車の運転は必須だった。
ここで働く人材を探す上で、車の運転ができる人が求められていた。
もちろん私は学生時代にガソリンスタンドでアルバイトをしていたので、
当時のあらゆる車という車を運転した経験があった。
ワゴン、トラック、マニュアル車、左ハンドル、タクシーまで。
整備を出来るほどのスキルはなかったけど、
オイル交換やタイヤ交換、パンク修理程度なら出来る。
ロイが普段乗っていた車はトヨタのピックアップカー。
10年物くらいのマニュアル車。
ギアチェンジをするにはダブルクラッチが必須なオンボロ車。
私はマニュアル車の運転にわりと慣れていたとはいえ、
日本で走っている車でダブルクラッチなんてしている人はいないから、
すごく新鮮だった。
あっさりこのダブルクラッチをクリアしたことに、
ロイは「日本人は日本車を運転するのがウマイ」と褒めてくれたが、
何とも微妙な褒め言葉だ。
ロイはそのトヨタ車を "Ban" と呼んでいたので、
私も以降、"バン" と呼ぶことにした。

 ここでの食事は、いたってシンプルだった。
でも私としては何も不満はなく、美味しかったし、
ここではゲストとして迎えられているわけではなく、
家族の一員として迎えられているわけで、
朝はトーストとハムと野菜とコーヒー。
昼は朝と同じか、パスタとかかな。
夜はだいたいが肉を食べていた。
Tボーンステーキだったり、ラムチョップだったり、
ローストチキンのようなもの。
日本のように凝ったものが出るわけではない。
ゲテ物を食べるわけではないし、
羊の肉も嫌いではなかったので、
こういう食事は苦ではなかったが、
米の食べ方には衝撃を受けた。

 これはロイの家族だけではなく、
オーストラリアの多くの家庭がそうだと思うのだが、
米を食べることはあっても、
米を炊くという習慣はないようだ。
アジア料理に意識の高い家庭には炊飯器はあるようだが、
多くの家庭ではそうではないし、
まず、米を研ぐことはしない。
米を小さめの鍋に入れて、
そこにポットの熱湯を注ぐ。
しばらく待つと米は水を吸って、少し柔らかくなる。
余った水分を吸い切ったところで出来上がり。
それをサラダのようにして食べる。
美味しくとも何ともない食べ方だ。
それ以降、私は米を研いで鍋で炊いて食べることを提案した。
彼らは、米を研ぐ手間を、非常に驚いていた。
当然私の仕事になった。

 それから米をデザートとして食べる習慣。
ライスプディングという食べ物。
私も最初は全く味を信用していなかったが、
これがね、慣れると美味しい。
オーストラリアには缶詰で売っていたが、
簡単に作ることができる。
米を牛乳で煮て、おじやのようにトロトロ状態になったところで、
砂糖や生クリームで味をつける。
缶詰は結構高かったので、
自分で作ったライスプディングと、
缶詰のライスプディングを混ぜて食べたりしていた。
帰国以来、食べていないけど、
久しぶりに食べたら、きっと懐かしい味になると思う。

Rice Pudding, with spoon


 ここのファームで働いて 3、4日くらい経った時だったろうか。
ロイが私を連れて街へ出た。
最寄りの街、ジェリコー(Jericho)へ。
車で40分くらいの距離だったと思う。
街といっても特に何もない。
せいぜい人口は数百人程度だと思う。
西部劇に出てきそうなところで、列車が止まる駅はあった。
それからガソリンスタンド、
食糧を含む日常生活用品を販売する商店。
機会や工具を扱う金物店など。
そこでロイと私はガソリンやオイル、
それからグリスなどを買い求めた。
どうやらロイの農場、ストラスフィールドファームを離れて、
一仕事するらしい、私を連れて。

Oasis



 ここで働くのは最初の約束で6週間だった。
6週間後にロイとキンバリーは、
子供二人を親戚に預けて、
友人夫婦とフィジーへ旅行へ行くらしい。
おー、なんと優雅な。
なのでフィジーへ行くまでに一仕事終えなければいけなかったようだ。
この一仕事に私を連れて行くことは、
当初の予定通りだったのかもしれないが、
働き手として使えるだろういう、ある程度の信頼を得ることできたのかもしれない。



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Born To Be Wild 〜忘れられない2ヶ月〜

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■ (5)「生活が仕事」 
■ (6)「信頼」 
■ (7)「出稼ぎへ」 
■ (8)「Buffle Grass」 
■ (9)「東へ」 
■ (10) 「ブラックウォーター
■ (11) 「ROO BAR
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 写真はあくまでイメージなので、現実とは異なります。
また登場する個人名や団体名も、すでに忘れてしまっているものもあるので、
全て仮名とさせていただきます。
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2010.12.10 Friday

Born To Be Wild (5) 「生活が仕事」

 イの車でストラスフィールドファームにある、
彼の家に到着しようとしていた。
バスを降りたバーカルディンから1時間くらいだっただろうか。
舗装のされていない、まっすぐの赤土の道から、
とあるところで左側のブッシュの方へ曲がる。
そこにはゲートがあった。
運転席のロイに「ゲートの開け閉めを頼むよ」と言われ、
助手席に乗っていた私はいったん車を降りて、
ゲートを開け、そして車がゲートに入ったところで一旦停車。
私はゲートを閉めて、車に乗り込む。
家に着くまでにゲートが3箇所くらいあり、
ゲートの開け閉めを毎回行う必要があった。

 そんなこんなで彼の家に到着。
家は平屋で、多分100平米くらいは軽くあったかな。
決して立派とはいえない建物だけれど、
周りには倉庫や貯蔵庫のようなもの、
馬小屋もある。
家に入ると、奥さんとまだ小さい男の子二人が、
出迎えてくれた。
奥さんの名前は、キンバリー(仮称)。
子供は上の子がジェイコブ(仮称)、
確か10歳くらい。
そして下の子がバリー(仮称)6歳くらい。
でもロイとキンバリーはそれほど若くなく、
40代後半から、50代に差し掛かろうとしていたと思う。

Farm house

 ここの子供達は、近くの学校へ行くと言っても、
車で数時間はかかるため、
自宅で無線教育を受けていた。
午前の数時間、無線で先生と色々会話しているようだった。
のんびり、というかやりたい放題な男の子2人だった。

 そんなフォード家一家と、これから6週間、
寝起きを共にして、働く。
そんな生活が始まろうとしていた。
さすがに夜中バスで移動して到着したての初日に、
働くことになろうとは思っていなかったが、
「元気か?」との問いに「うん」と答えたがために、
早速フェンシングから仕事が始まった。
本当に体力的にきつかった。
秋とは言え、クイーンズランド州の中部。
緯度的にも OZAT よりも数百キロは北に位置しているため、
日中はかなり暑い。
30度は超えていたと思う。
ただ乾燥しているのでジメジメはしていない。
そんな中、数時間のフェンシングに借り出され、
水分補給ばかりしていた記憶がある。

 もうヤバイ、とフラフラになって、
「休ませて」って言おうと思ったくらいに、
「よし、今日の仕事は終了」と言ってくれ、
家に帰ることになった。
このときの私は、多分すでに半泣き状態だったと思う。

 私はロイに、ここの農場のこと、
家族のこととか、色々聞きたいけど、
とにかく疲れ果てていて、
その日の夕食での会話もそこそこに寝ることにした。
部屋は個室を与えてくれた。
ケーブルTVも付いていて、ようやくのんびりすることができた。
これはオーストラリアでは標準的な家ではないと思うのだが、
いくつかある部屋が、家の中の廊下では繋がっていないのだ。
家の外周りに角部屋のドアがあって、
いったん家の外に出て、隣の部屋に移動する感じ。
トイレやシャワーに行くのも、
一回外に出る必要がある。
これにはどういう設計の意図があるのかは分からないが、
ここはこういう家のようだ。

 それから数日の間、
ストラスフィールドファームのフェンシング、
それから家の周りの草刈り、
精肉機械の組み立て、
牛のエサやり、
家の掃除、
なんかが日常業務となった。
フェンシングはあちらこちらを、毎日少しずつ設置なり、
メンテナンスを行う。
ロイはファームの全貌を私に紹介しようと、
毎日敷地内の色んなところに行っては、
少しだけ作業を進める。
木を切るだけ、とか、
切った木を5m間隔に置くだけとか、
穴の開いた箇所を補修するだけとか。
なので一貫した進捗がないため、
達成感が得られなかった。
どこも全部中途半端な作業。
それがオージースタイルなのだろうか?

 家の周りの草刈は、
草刈機を使って、ボーボーに生えた雑草を刈る。
かなりの間、草刈をやっていなかったらしく、
私の作業で相当スッキリした。
キンバリーはかなり喜んでいた。
でもねー、草刈は楽ちんなんやけど、
オーストラリアの亜熱帯の地域には、
カエルやトカゲが大量にいて、
爬虫類、両生類が全くダメな私にとっては、
これは厳しい現実。
相当数のカエルとトカゲを草刈機に巻き込んだと思う。
足のないトカゲが何匹か出てきてしまったりした。

 牛のエサやりは、一週間に一回程度。
まずはトラックの荷台に、エサを積み込む。
10キロの米と同じような袋のエサがあって、
これを倉庫から車に数十袋積み込むところから始まる。
超ハードであることは想像いただけると思う。
ここで働き始めて、数週間でかなり、
腕や胸は筋肉でムチムチになったと実感するくらい。
そしてファーム中に散らばる牛の溜まり場に行っては、
直径50センチ、深さ30センチくらいのアルミの桶に、
その袋のエサを開けて入れていく。
袋を開けるにはポケットナイフが必需品。
何十頭と集まる牛の中を掻い潜って、
10キロのエサ袋を持ち運ぶ。
キツイっす。
仕事自体は簡単だけど、とにかくハード。
ロイも基本的には手伝ってくれるけど、
私が頑張って働くものだから、すっかり楽しちゃってた。

Australia - Work on a farm in the Outback


 精肉機械の組み立ては、さっぱり良く分からず。
説明書とドライバー1本を手渡され、
見様見真似で組み立てていくが、
とりあえず完成。
ロイから「君は良いアセンブラーになるよ」なんて、
褒められているのか、バカにされているのか。
巨大な冷凍庫には、牛数頭分の肉が保存されている。
そこからおもむろに肉の塊を出してきて、
切ってみた。
カットは問題なく出来るが、ロイはミンチに出来ないと嘆いていた。
私の組み立て方が間違っていたのだろう。
私は知らない振りをして、次の仕事に取り掛かった。

 バスルームの排水が調子が悪いので、
排水口の掃除を頼まれた。
バスルームの排水口は確かに汚れが溜まっていたが、
そこを掃除しても水のつまりは解消されず、
下水のほうを見ることに。
コンクリートのマンホールのようなのを開けて、
水がチョロチョロ流れてくるのを確認。
ということは、ここの下水パイプが詰まっているのだろう。
そこで業者を頼むわけでもなく、私の仕事。
パイプに手を突っ込み、
ヘドロや髪の毛はもちろん、例外なく、カエルの死骸が出てくる。
目も鼻も口も押さえながら、
何とか排水がスムーズになるように掃除完了。

Cattle Station - Overnight Stay to Darwin


 そして日が暮れる頃には仕事を終える。
そこで一息付きたいところなのだが、
男の子二人が「遊んでくれ」と言ってくる。
両親が目の前にいるし、嫌な顔も出来ず、
遊びに付き合う。
絵を書いたり、ゲームをしたりするならカワイイもの。
でもこんなワイルドな環境で育っている子供たち。
ジェイコブが「従いて来い」というからどこへ行くかと思うと、
バイクを乗り出した。
チビノリダーが乗るようなバイクに男の子二人はそれぞれ乗り、
私にも一台のオフロードバイクを与えてくれ、
そして、家の裏(といっても歩いて10分くらい)のところにある、
広大なフラットなところをバイク3台で競走。
私が怖がってスピードを出すのを躊躇っているのが、
彼らには楽しいらしい。
こちらがちょっと大人の本気を見せると、
彼らもすぐにムキになる。
そんな単純なオージーボーイのお相手も、
私の仕事だった。

 OZATで牛追いのために習ったバイクの乗り方が、
こんな子供の遊び相手で役立つとは思っていなかった。
っていうか小学校低学年のような子供がバリバリ、
バイクに乗っていること自体、ありえねーと思いながら、
でもこの高低さがボコボコしたファームにあって、
なぜあそこだけがまっすぐな直線が数キロ、
フラットに整備されているのか、
と後でロイに聞いたところ、
ファーム全体が見渡せる航空写真を見せてくれた。
それを見て納得。
あそこは飛行機が発着できる滑走路だったのだ。
「マジっすか?」
アスファルトで舗装されているわけではなかったが、
恐るべしオーストラリアのファーム!!!

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Born To Be Wild 〜忘れられない2ヶ月〜

■ プロローグ 「10年前にタイムスリップ
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2010.11.30 Tuesday

Born To Be Wild (4) 「赤い土の果て」

 OZAT(OZ Agricultural Training)にも残すところあと数日の滞在。
毎朝の朝食が印象的だった。
とにかくみんな食べないと、その日一日持たないのが分かっているので、
食べることに必死。

Vegemite

トーストが食べたい人、シリアルが食べたい人、
ゆでたまごが食べたい人、
みんな自分が食べたいものを食べるのが必死だ。
ここを実質運営しているご主人とご夫人。
名前は思い出せない。
二人ともいい人なんだけど、どこか一癖もニ癖もある。
毎朝朝食の場で、ご主人から"なぞなぞ"が出題される。
それをみんなで当てるという構図。
その得意気なご主人が微笑ましいのだが、
「そろそろいい加減にしなさい」
というご夫人の制止で、ようやく皆が仕事モードになる。

 さて、私の牛追いのパートナー、ミルキーとは今日も一緒。
今日は野に放たれた数十頭の牛を、みんなで馬で追って、
フェンスの中に連れ戻すというミッション。
これは乗馬スキルももちろんのことながら、
遠く離れた仲間たちとのコミュニケーション。
そして牛追い犬の動きや距離感、
それらがシンクロしないことには絶対成し遂げられない。

 今日もミルキーは気まぐれ。
私とミルキーが完全に足を引っ張っている。
前夜、乗馬経験豊富なカナダ人の受講者と乗馬について語り合った。
私の最大の悩みは、鐙から足が度々外れてしまう事だった。
これが恐怖でなかなか思い切った騎乗が出来ないでいた。
的確なアドバイスのお陰で、今日は自信を持って騎乗していたつもりだったが、
ミルキーはどんどん茂みへ入っていく。
馬の背丈では木の枝に当たらないのだが、
背中に乗っている人間(私)は、
木の枝にぶつからないように、必死に頭と体を屈める。
ミルキーは私を引きずり落とそうにしたに違いない。

Cattle mustering.jpg

 牛追いの基本は、
とにかく牛群を分断させないこと。
一度分断させてしまうと、半分の人間と馬の手勢ずつで、
それらを引き戻す必要がある。
これはハード。
「お前はあっちを回れー」
「いや、俺はこっちを見なければいけないからムリ!」
「急げ、走れー、戻れー」
とみんな必死だ。
まぁとにかく大変だった思いはあるが、
結局成功したのかどうかは記憶にない。

 このトレーニングで最も自分に合っていると思われたのは、
トラクターの運転だった。
何台かのタイプの異なるトラクターの乗り方、操作を教わる。
基本的には自動車と同じなので、苦労することはなかった。

 そして最後の夜、
みんなの仕事先が決まる。
夕食後、荷物の整理や談笑している時に、
OZATのご夫人から呼び出され、
「あなたの雇い主と電話がつながっているから話して」と。
恐る恐る電話に出て、雇い主と話した。
仕事の内容や報酬の話など。
そして納得すればオファーを受けることになるのだが、
私には選ぶ権利も余地もなさそうなので、
ご夫人に一言確認してから、そのオファーをありがたくお受けした。
こういう時って何て答えればよいか分からず、電話で雇い主に、
"Ok, I would like to work for you." と答えたことを覚えている。
雇い主は、"Excellent" と優しく受け入れてくれた。
仕事内容は色々らしいが、
クイーンズランド州のとあるキャトルステーションで働くことになった。
報酬は週150ドルで、6週間働くオファー。
寝るところと食事は提供してもらえるとのこと。
決して高い金額ではないが、
お金を使うことはなさそうだし、
英語も大して話せない日本人にとっては、悪くはない話。
喜んで働かせてもらおう。

 OZATのご夫人はバスチケットの手配もしてくれ、
翌日午後から、バスで早速向かうことに。
一緒に学んだ仲間達の多くも、同じバスに乗り込んだが、
みんな働き先はバラバラで、
行き先や乗り継ぐ場所で、一人一人とバスを降りていく。
一週間前、同じバスに乗って OZATに集まった時は、
全くの他人だったのに、今となっては同士。
クイーンズランド州のとある田舎町の農場から、
バカでかいオーストラリア全土へ拡散していく受講者たち。
熱くお互いの健闘を祈って、お別れをする。

 OZATを午後に出発して、
ようやく目的地に着いたときはすでに翌日の昼くらいだったと思う。
クイーンズランド州の中部の小さな街、バーカルディン(Barcaldine)。

Barcaldine

 そこでバスを降り、雇い主が迎えに来てくれているという約束。
周りを見渡すと、砂漠ではないが、
サバンナのような、西部劇に登場するような街並み。
そこにジーパンにチェックのシャツ、カウボーイハットを着た、
背の高い一人の男性がいた。
そこで降りた日本人は私以外にいるわけがなく、
すぐに気づいてくれた。
彼の名前は、ロイ(仮称)。
見た目はまさに元阪神のラインバックそっくり。
私は畏まって、ミスターフォードとファミリーネームで挨拶をしたが、
彼はすぐに、「ロイと呼んでくれ」と。
でも心の中では、「ラインバック」と呼びかけていた。

 バスを降りたところから、
早速ロイの車に乗り込んで、彼の農場へ向かった。
彼の農場はキャトルステーションで牛飼だ。
農場の名前は、ストラスフィールドファーム(仮称)。
そこへ向かう間、何を話したか覚えていないが、
1時間くらい走ったと思う。
そのほとんどが舗装のされていない赤土の道。
時折激しく車がはねる。
雨が降れば川になるようなところを走り抜け、
左右には樹齢何百年と思わせるような大きな木があったり、
よーく見ると、カンガルーが併走している。

 「えらいところに来てもうたー」って感じ。
ワイルドに行こう!どころではない。
いやでも、観光客用などではなく、
本物のオーストラリアのファームで、
素晴らしい体験ができるのではないか、
というプラス思考と裏腹に、
体力的に結構キツくなっている自分がいて、
とにかく少し休みたい気分だった。

Outback-Australia


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Born To Be Wild 〜忘れられない2ヶ月〜

■ プロローグ 「10年前にタイムスリップ
■ (1)「旅立ち」 
■ (2)「新しい自分の姿」 
■ (3)「メイクデビュー」 
■ (4)「赤い土の果て」 
■ (5)「生活が仕事」 
■ (6)「信頼」 
■ (7)「出稼ぎへ」 
■ (8)「Buffle Grass」 
■ (9)「東へ」 
■ (10) 「ブラックウォーター
■ (11) 「ROO BAR
■ (12) 「解体

 写真はあくまでイメージなので、現実とは異なります。
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 ハイブリッドとは、WIKIPEDIAによると、「二つ(またはそれ以上)の異質のものを組み合わせ一つの目的を成すもの」を意味する。 これからの残り半分の人生、上機嫌にハイブリッドに生きていこうと宣言するブログ!

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